おかげおかげでフツーの毎日そこそこ楽しくやってます

好きなものややりたい事の話をしてます。たまにちょっとためになる変な話を書いたりするかも。

お能こぼれ話

一昨日の『寺子屋 in としょかん』

 

f:id:kazutama152:20180528191122j:image

 

論語のお話だったけど、講師の安田先生が能楽師ということでお能の話もちらほら。

 

お能室町時代から続く芸能だけど、江戸時代ではすでに「つまらないもの」と思われてたそうな。

江戸時代では子どもが言うことを聞かない時に「お能に連れてくよ」というと子どもはシャキッとして言うことを聞いたとか笑

 

なのになぜ現代まで残っているのか。

 

それは先生いわく、

「わかりやすくしなかったから」

(かといって、わかってもらう努力をしなくていいという意味ではない)

 

ああなるほど、と思った。

わかりやすさは時に人をわかったつもりにさせる。

対象そのものがまるで自分の手中に入ったかのように。こんなもんかと。

その先にある奥深さの入り口に立ってもいないのに。

 

この世の中は一生かけてもわからないことの方がほとんどで、だからこそ、追求していくのだ。

なんかわかんないけど、わからないなりに追求していくのだ。

 

たとえ一生わからなかったとしても、それがおもしろいし楽しいのだ。

 

わかりやすさに溢れた世界は退屈でしかないと思っている。